【歴】ヒストリー

【戦国の情報戦】姉川の合戦を動かした「忍者」の影!長浜の山々に潜む甲賀・伊賀衆の足跡

1570年、長浜を舞台に繰り広げられた激戦「姉川の合戦」。織田・徳川軍と浅井・朝倉軍が激突したこの戦いの裏側で、実は勝敗を左右する激しい「情報戦」が繰り広げられていたことをご存知でしょうか? 近江(滋賀県)は言わずと知れた忍者の里。甲賀や伊賀の忍びたちが、長浜の険しい山々や街道筋でどのような工作を行っていたのか。「ALL長浜」編集長・ながはまマンが、歴史の闇に隠された忍者の暗躍を紐解きます。

2. 浅井軍を支えた「甲賀忍者」のネットワーク

長浜を本拠地とした浅井長政公にとって、隣接する甲賀郡の忍者たちは強力な味方でした。 合戦の前夜、忍びたちは織田軍の陣地に忍び込み、兵力や兵糧の状態、さらには信長公の居所の特定まで行っていたと伝えられています。

  • 夜襲と攪乱:姉川周辺の複雑な地形を熟知した忍びたちは、夜陰に乗じて織田軍のキャンプに火を放ち、心理的な揺さぶりをかけました。
  • 偽情報の拡散:あえて間違った進軍ルートの噂を流し、信長公の判断を狂わせようとした形跡も残っています。

3. 信長が恐れた「杉谷善住坊」の狙撃事件

姉川の合戦の少し前、長浜からほど近い千種越えで、信長公が狙撃されるという大事件が起きました。犯人は、甲賀忍者とも縁の深い鉄砲の名手・杉谷善住坊(すぎたに ぜんじゅうぼう)です。

わずか数センチの差で信長公は命を救われましたが、この事件は信長公に「近江の忍者の恐ろしさ」を骨の髄まで叩き込みました。後の姉川の戦いにおいて、信長公が異常なまでの警戒心を持って長浜に臨んだのは、この「忍びによる暗殺の恐怖」があったからに他なりません。

4. 忍者の視点で歩く「姉川古戦場」

現在、姉川周辺を歩くと、ただの平地に見える場所にも、忍びたちが潜伏しやすそうな「窪地」や「竹藪」が点在していることに気づきます。

  • 陣杭(じんぐい)付近:かつて両軍が対峙した場所には、忍びたちが伝令として駆け抜けた秘密の「獣道」が張り巡らされていました。
  • 横山城跡:秀吉公が守備を任されたこの城も、周囲の忍者の動きを監視する重要な「目」の役割を果たしていました。

5. まとめ:長浜の歴史は「光と影」でできている

華々しい武将たちの活躍の裏には、必ずと言っていいほど、名もなき忍びたちの献身的な働きがありました。 長浜の山々が今もどこか神秘的な雰囲気を纏っているのは、かつてこの地を駆け抜けた忍びたちの気配が、風の中に溶け込んでいるからかもしれません。 歴史巡りの途中でふと視線を感じたら……それは450年前の忍びからのメッセージかもしれませんね。

  • この記事を書いた人

ながはマン

長浜生まれ、長浜育ち。 「歴史があるから、今の賑わいがある」をモットーに、街の隅々に眠る物語を掘り起こすのが生きがいです。 明治の鉄路跡から最新のコスパ飯まで、自分の足で稼いだ「長浜のすべて」を全力で発信中!

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